南の国の風と共に

南の国の教会で働いてきたミッショナリーのメモ

宣記15【1期】異文化での生活の中で

 海外という異文化の中で新しく生活を始める時に、今まで経験しなかったようなことでストレスを受けることがあります。母国で生活している時には全く気にならなかった匂いや音、風習や文化の違い、また他人とコミュニケーションを取る方法の違いなど、それが些細なことであったとしても悩みの種になり得ます。逆に海外で生活することで新しい視野が広がることもあるように思います。何事もそうですが、マイナスの面もあればプラスの面もあるのです。

 住み始めた時は気が張っていて、あまり気に留めていなかったことが、時間が経つにつれて段々と苦痛になることもあります。その時期は、何事もマイナスの一面でしか見ることができない辛い時期です。それからまたしばらく期間を経て、プラスの面も見ることができるようになるまで、また以前(母国)と今(海外)の違いを、自分の中で受け入れ消化できるまでは「忍耐」の時かもしれません。これは長期間過ごした海外から帰国した時にも「逆カルチャーショック」としてあり得る話ですし、転居や転職など何かの環境の変化でも体験することかもしれません。

①最初ストレスに感じたこと

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 A国で生活を始め、住み慣れるまではいくつかのことでカルチャーショックを感じることがありました。全ては書ききれないのですが、その中のひとつは大音量でした。A国では、一般的に大音量の音楽や音などをあまり気にしていないように思います。結婚式や葬儀式は、家の前の道路などにテントを張って行いますが、スピーカーを使って大音量で音楽や読経を流します。

 家の近所で式典が行われる時は、大型スピーカーから鳴り響く音の振動が家中の窓ガラスを揺らし、家の中にいても、身体の中にまで響くのを感じるほどでした。しかもそれが2日3日と朝から晩まで続きます。周りに家が少ない地方の村などでは、大音量で流すことによって、式典が行われることを近隣に知らせる目的があったようですが、都市でさえも変わらずに大音量が流れるというのは、慣れていない者にとっては、つらいものがあります。教会の近くで何かの式が行われる時には、説教者の説教は式の大音量にかき消され、ほとんど聞こえなくなることもあります。これには何度も参りました。

 その一方で、ある教会は賛美や説教なども、大型スピーカーで大音量で流しています。日本なら確実に近隣から苦情が殺到するレベルです。以前、あるA国在住の外国人が、あまりに近所の教会の集会が大音量なので、苦情を入れたことがあると言われていましたが、こちらの国の人はあまり気にしていないようにも見えます。私はどうも気になって、集会でも音量は控え気味にするのですが…。

 

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 他にも、これは外国に住む以上、当然のことなのですが、いつも外国人として見られ外国人として扱われることにストレスを感じた時期もありました。例えばこの国では、外国人料金というものが普通に存在します。家の前に出すごみを収集車で収集する清掃会社に支払う値段(この国では有料)も、外国人料金として数倍のお金が取られることがありました。またごみ収集車がいつ来るか分からないため、自宅の前に予め出しておくごみ自体も、収集車が来る前にいつの間にか袋を破られて中身を荒らされることがあります。出すごみの中に、金目のものがないかをチェックして、取っていく人たちがいるのです。

 その後、袋を破られて荒らされた我が家のごみが路上に散乱することになります。そのまま路上に放置するわけにもいきませんので、自分たちが出したごみを自分の手で回収しなければなりません。これは大きなストレスでした。

 また私たちが外国人ということもあり、「支援すること」「与えること」に関しては多くのことを考えさせられ、悩むことがありました。A国には、富める者が貧しき者に施すのが当然という考えが根底にあります。施しという善行によって徳を積むという思想が背景にあります。テレビニュースを見ていても、いつも政治家や有力者は地方行脚の時に、多くの人々を集め、物資を貧しい人々に配ってまわります。皆、それを合掌して受け取り、それが当然のこととして放映されています。そのような文化の中で、外国人は富める者として見られ、外国人は困っている者を助けて当然であるという無言の雰囲気を感じることがあるのです。

 宣教の働きにあっては、みことばによる魂への支援を第一に行います(使徒3:6)が、現地にて本当に困っている方々を前にした時に、目に見える形での支援も必要と感じる時があります。その中で現地のクリスチャンに対しても含め、どのような形での支援をどこまですることが良いことなのか、その支援は本当の意味でその人を助けることにつながるのか。

 この10年以上に渡って現地でいろいろな現実を見せられ、また失敗も通して悩み考えさせられてきました。時に適切でない支援は、人と人の関係を建て上げるよりもむしろ逆の結果を招いてしまうことがあり、働きにも良くない影響をもたらすことがあります。

 この国で働いている宣教師とも、このことについて話をすることが何度かありました。宣教師それぞれにポリシーは異なり、それぞれの方法に知恵があることを思いました。ある宣教師の言葉は印象的でした。「助けすぎることに注意しなさい。」必要に応じて助けることは大事だが、必要以上に相手を助けすぎることは、自分も潰れてしまうし、相手にとっても良くないことだと。助けすぎることによって、逆に相手の信仰の自立を妨げることにつながってはならないのです。

 その中で、このことについては私なりの考えとポリシーをもって今まで行動してきました。そのポリシーが現地の実情の中で正しかったと言えるのかどうかは分かりませんが、宣教地にあっては自分のポリシーに従って行動することが大事であること、またそのポリシーは変化していくこともあると経験から学びました。

 私個人的にも以前と今とでは考え方や物事のとらえ方が異なることは多くあります。神を見上げ神に従うということに関しては、今までもこれからも一貫したいと願いますが、物事に対する考え方やそれに伴う行動が変化していくというのは決しておかしいことではありません。それは変化というよりもむしろアップデートしていくようなものです。

 何にしても、様々な現実を目の当たりにして、神からの知恵(ヤコブ1:5)が与えられるように祈らされるのです。

 

②海外ならではのこと

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 A国に住んでいて、外国人として見られ、特別に扱われることからのストレスもありましたが、逆に外国人として周りの目をあまり気にしないで生活できるという一面もあったように思います。

 長女が小学校低学年の時に日本に一時帰国をした際、音楽の授業で鍵盤ハーモニカが必要だったのですが、クラスの全員は一斉購入したため皆同じ色のものでした。その中で娘は自前のものを使ったため、娘だけ違う色の楽器だったことがありました。それを見た娘が「自分だけ違う色って良いよね。」と言った一言がとても印象に残っています。

 日本では、みんな同じでないといけないというような同調圧力を、子供の時から知らず知らずのうちに受けることが多いように思いますが、海外で外国人として育つとそのような雰囲気を経験することが少ないのかもしれません。(しかし、娘もしばらく学校に通うと、みんなと同じ色でないと嫌になったようです。)

 また、海外で母国とは違う価値観を体験できるというのは、子供にとって時につらいことでもあり、その半面で得られることもあるのかもしれません。かつて現地の牧師宅に当時幼かった娘と2人で招かれ、食卓に調理された蛇が出てきたことを思い出します。日本では蛇を食べるということは滅多に体験することはないと思いますが、A国にはA国の食文化があり、それは大切にされるべきものです。現地の方々と同じ物を食べるというのは、実は大きいことです。

 ある時、現地の牧師と一緒に食事をしていて、このように言われました。「先生は私たちと同じごはん(白米)を食べるのですね。」私は別に無理をして白米を食べていた訳ではなく、普段と変わらず食べていたのですが、現地の牧師からすれば外国人が自分たちと同じ物を食べているということが嬉しかったようです。現地の食事をおいしく食べることができるか、好きになれるかということは、海外で生活をしたり働きをするにあたって、おろそかにできないことだと思っています。

 蛇の話に戻りますが、当時幼かった娘は蛇を一口。そして「これおいしいね、何?」と私に聞いてきました。蛇と聞くと、「へえ、蛇っておいしいね。」大人が苦労する異文化の壁を、何も思わずに軽々と越えていく子供の適応力を思いました。

 異文化の中で家族で生活していくには、時にはカルチャーショックもあり、時にはストレスも大きく、つらい経験をすることもあり、決して簡単でない一面もありますが、異文化の中だからこそ体験できる一面もあるのだと知りました。

 最初にも書きましたが、物事には何事にも両面があるのです。最初の時期はどうしても片面しか見ることができないのですが、やがて両面を見ることができようになれば、より深く異文化生活を味わえるのだと思います。

 

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