南の国の風と共に

南の国の教会で働いてきたミッショナリーのメモ

宣記17【1期】村の集会に行きはじめて

 現地の言葉の勉強が1年続き、必要最低限のコミュニケーションは段々と取れるようになっていきました。当時出席していた教会では、毎週約40キロ離れた村に出かけていき集会をおこなっていましたので、その村集会に私も定期的に参加することにしました。

1.村集会へ

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 集会がおこなわれていた村へは、荷台を座席に改造したトラックで、現地伝道者の数人と一緒に通いました。しばらくして、当時4歳の長女も私と一緒に毎週その村へ同行することになりました。途中未舗装の道やガタガタ道もあり、走行中に何度も体が椅子の上で飛び跳ねたことを覚えています。

 当時集会を行っていた村には、電気や水道、ガスなども全くありませんでした。生活水は大きなかめに雨水を貯めて、飲み水は井戸から、料理は炭でしていました。電気は車用バッテリーを蛍光灯や扇風機、テレビなどにつなげていました。(近くの市場にはそのためにバッテリーの充電屋さんもあります。)

  街にあるような娯楽も何もない村で、教会の集会が村の子供たちの楽しみのひとつだったようです。私たちが乗ったトラックが村に入ると、道々に子供たちが待っていて、荷台に乗り込んできます。

 同行していた伝道者が言いました。「村の子供たちはみんな車が珍しいから、乗りたいんだよ。同じ教会で働いている○○先生はね、小さい頃、送迎の車に乗りたいから、教会に来ていたんだ。」幼い時に送迎車に乗ることが楽しみで教会に来ていたひとりの子供は、今や伝道者になっているのです。いろんなきっかけがあるものです。

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 村の空き地を臨時の集会場にして、伝道者が賛美を歌い始めると、それを聞きつけて、どんどんと子供たちが集まってきます。皆で大声で賛美し、そして聖書のお話の後にするゲームが何よりも楽しそうでした。

 夜7時からも集会を行いますが、村には電気がないので周りは真っ暗。持参したバッテリーに蛍光灯をつなげて、ぼんやりとした灯りの中での集会ですが、それにも関わらず、大勢の子供たちがやってきて、最初は驚きました。

 ある日、子供たちの数が少ない時がありました。伝道者によると、農繁期は親の農作業の手伝いで来られないとのこと。またある晩の集会もいつもより出席者が少ないことがあり、不思議に思って近隣を見て回ると、ある家のテレビに多くの子供たちが群がってみていました。まるで昭和の光景だなと思ったものです。

2.初めてのお話

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 やがて、この村の集まりで聖書のお話を毎週してもらえませんかという依頼がありました。子供たちにお話しをするのは、言葉の習得のためにも良い機会だと思いますよと。現地の伝道者たちの温かい配慮でした。というのも成人の方々は、例え私のような外国人が発音や単語を間違って話しをしたとしても、多くの場合遠慮から間違いを指摘してくれることは少ないものです。この外国人は間違った言葉を話しているけれど、多分本当はこういうことを言いたいのだろうなと忖度してくれるのです。そして、段々と外国人特有の間違いに耳が慣れてしまうのです。

 しかし、子供たちは全く遠慮がありません。もし間違ったことを言ったら、相手が誰であろうとも「それ違うよ」とはっきり言います。手厳しいのですが、子供たちは、語学を学ぶ時には良い教師のような存在です。


村集会にて

 初めて聖書のお話をする日、私はとても緊張していました。今まで習ってきたA国語を使っての初めての奉仕です。事前に祈りながら何回も練習を繰り返しました。

 そして当日の村にて、集まってきた子供たちを前に現地の伝道者が言いました。「今日は日本から来た先生がお話をします。初めてのお話だから、言葉がうまくなくてもみんな笑わないでね。」聞く子供たちもいつもと違い硬い表情です。そしていざ子供たちの前に立つと、緊張のピークに達し、頭の中は真っ白になりました。何を話したのか覚えていないぐらいで、話が終わった後もほっとする一方、うまく話せなかったと落ち込んだことを覚えています。

 それからも、この村での毎週の奉仕は3年間ほど続きました。これ以降、何度も何度も子供たちに聖書のお話しをしたのですが、村の子供たちが長く覚えてくれていた聖書のお話は、私が一番最初に話したストーリーだったのです。緊張のあまり、発音も悪く、文法も滅茶苦茶だった最初のお話でしたが、そのお話を長く覚えてくれていたというのは、私にとって印象深いことでした。

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 例え言葉はつたなかったとしても、聖書のことばが語られる時に、神様が聞く者の心の中に届けてくださる。そして心に植えてくださる。

 現地語を用いた一番最初の奉仕を通じて、一番大事なことを神様は教えてくださったと思います。このことは、それからの働き全般の中での私の大事なモットーとなりました。

 実は、私は昔から子供を前にしてお話をするのは苦手なことのひとつでした。子供たちに定期的に聖書の話をするのは、この時が初めての経験だったのです。でもこれは後から振り返ってみると必要な経験でした。この時から数年後に地方へ引っ越して新しく集まりを始めることになりますが、まず近隣の子供を対象とした集まりから始めることになりました。そしてそこで毎週子供たちに聖書のストーリーを話すことになったのです。この村集会で3年間に渡って毎週現地語で苦労しながらお話をした経験が後に生かされることとなりました。神様はいつも後のために必要な経験や物事を、前もって与えてくださるお方です。

 

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